2017年11月15日

持論。お父さんはそんなブレ方したらあかん。

娘を持つ父親というのは

多分その多くはバカな妄想に取り付かれている。

娘の、お父さん大好きでべったり状態。

娘が可愛ければ可愛いほどきっとこれは加速するんだろう。


だがまぁ、所詮は男の妄想の産物。

女心の根本的なところを理解できてない男は

端から娘という生き物を、女という生き物を

理解し間違えてるんだろう。

大きくなっても一緒にお風呂はいるとかレアケースだろう。


そのぬぐえない何かの所為だろうか

世のお父さんの多くはどうやら

娘に嫌われるのにビビる模様。

お父さん嫌。・・・に弱い。


ただ間違えるな父親諸君。

嫌いと言って通用するなら

何か都合悪いことあるとまた言ってくるぞその言葉。

嫌いという言葉で操作できると学んだら

その言葉をまた使ってくるんだと。


嫌いという言葉に

ブレたら駄目なんだと。


私の場合は現状

娘に注意指摘をしてその返しに

「お父さん嫌いー」って言われると

嫌いで結構。ぐらいの態度。

「都合悪くなるとそういうコト言うの嫌いや」

とか

「あぁそう?そっちが嫌いでもでもお父さんは好きだよ?」

とか表情変えずに返したり

いやみったらしいぐらい笑顔で返したり。

とにかく娘の武器が

効果があると思わせない。

それが大事(ぁ


まぁ父親としての役割考えれば

ちゃんと教えること教えなきゃいかんし。

その上で嫌がられること言うのは含まれるのだから、

嫌いと言われたぐらいで怯んでたら役割を果たせない。

それを果たせず子供を世の中に出すってのは

本人のためにもならんしな。


まぁ何より、どうせ異性なのだから

年頃になれば

遺伝子的に近いのが避けるとかなんとかで

生理的に嫌がられるのは普通らしいし?

裏を返せば、普通にやってりゃ嫌われるわけだな(ぁ



幸い妻は、

娘が「お父さん嫌い」って言うの見かけると

そんなこという娘を嫌いっていう言い回しをしてくれるので

いい抑止力になってくれてると思うし

私も気持ち的に嬉しい。



ブレたらいかんのです。

娘の「お父さん嫌い」攻撃には。
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posted by ぽて at 02:43 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

みんな結婚したいんだって。

既婚者が人の気も知らず勝手なことだべります。


身の回りの同僚が大体30を過ぎている人が殆ど。

そんな中、未婚の人の比率はそれなり。

「家族が欲しい」

「結婚したい」

そんなこと、ぼやく人が増えた気がします。

男女とわず。

私も結婚願望あったし

自分がモテる人間ではいの自覚してたんで

早めにがっついてなんとかまぁ良い人と結婚できたと思ってますが


話きいてると

結婚したいって言ってる人

あんまり自分に自信のないご様子。

でまぁ、出会いの機会を増やす活動もなければ

異性と関わるのに悪い意味で誠実。

好意の見せ方なんてもっと露骨でいいのに。


自分が苦手な性分なので

相手がこう動いてくれる人だったらやりやすいのにな。

そう思うことあると思います。

相手もきっと似たようなこと思うのだろうから

自分がそれをする側を演じる努力をする、でいいと思うのです。


自分に自信がないのだから

相手に、自分がそういうところ良いなと思うよ。というのをサラッと伝えればいい。

自分に好感を向けられると相手は自分に好かれ悪かれ意識する。

意識をされてそれが良い方に転べば

自分が好意を向けられる対象になりえるわけで。


そういう身近なところから

相手が好意的に自分に接してきたら見え方がまた変わるかもなわけで

恋愛対象でなかった異性が意識する対象になるかもなわけです。


まぁそもそも、恋愛なんて段階踏まなくてもいいと思うのです。

日本なんて特にドラマや漫画やアニメの恋愛のごってごての奇跡っぷりに感化されすぎで

恋愛至上主義になってると思うのです。

出会いの切っ掛けが別に奇跡的でなくていいじゃない。

お見合いから入っても相手が気の合う良い人とめぐり合えるならいいじゃない。


アプローチの仕方を工夫する以前に

アプローチをしましょうよ。

誰でも良いとまでは言いませんが

身の回りの気にも留めてない人たちの良い所、あなた知らないでしょう?

それと同じぐらいあなたの良い所、見てもらえてないんですよ。


周りに、「結婚したい」って言ってる人が何人もいるんです。

男女問わず。

人の良い人たちなんだけどさ。
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posted by ぽて at 03:08 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月29日

おとーさんの性分。

娘にお父さんイヤとか

お父さん嫌いとか。

何度か言われてる私。

親はまぁ子供にちゃんと教えなならんことを沢山持っていて

それを強いるのはやはり将来社会と向き合う上で必要で

それを教える責任はやはり自分にあると思う。


その上で、ある程度は嫌われ役は仕方のないものだ。


この歳になると思う。

自分に対して嫌な指摘をしてくれる人は貴重で

耳が痛かろうが不愉快だろうが耳を傾ける価値はあると。

それなりの年齢になった上で

他人の事情なんざ気付いていてもほっとくなりその場であわせておけばいいものを

態々指摘するのは覚悟を、言う側そのものが態々コストを払うもの。

ほっといて自滅するってわかってても自分には基本害はないし

それどころか指摘して摩擦が起こったほうが自分にストレスと労力を負担するわけだし。


それでも言うのだから、相手がこっちのためを思ってようがそうでなかろうが

一度は受け止めることに意味はあると思う。


とはいえ、んなもんは子供に言ってわかるもんじゃないしな。

素直に嫌われ役で仕方ない。

それでも好いてくれていると好意を向けてくれる息子には

メンタル的に助けられていると思う。


まぁ娘においては・・・

一般的にこっちが普通の反応なんだろう。子供として。

だから、仕方ないのだ。


その上でのお父さんの態度。

嫌いと言われてもこっちとしては娘のことが好きなのは変わらない。

が、だからといって面と向かって嫌ってくる相手に

色々と面倒みてやる義理はないよ?と。

あれやこれやしてあげてるけど、してあげる必要ないね。

いい機会だから自分で出来るようになるといいよ。

そんな態度。口に出して伝える。


自分の立ち振る舞いで相手に与えた影響が

どう自分に返るかをわかり易く伝えます(ぉ

人間関係のやり取りの縮図だね(ぁ



そんなんやってるお父さんですが

今日はちょっとした娘の変化。

嫌いと言ったあとしばらくして

トイレ行くのとか付き合って相手してたら

布団で横に入ってきて

「お父さん許してあげる。」


上からかよ(笑

まぁ、これも成長なのかな?と。

扱いが難しいと思っていた娘だけどまぁ、うん。

少し何とか出来そうな気にさせてもらえた・・・・・・かな。
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posted by ぽて at 00:41 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

切り詰めて思う。

周りに思うし

自分にも思うこと。


文句を言う前にやれることをやれ。

文句をいいながらでいいから文句が出るぐらいならまず自分で出来ることをしろ。

自分の周りの環境を自分の活動しやすいように調節できるのは自分だけだ。

周りの人に環境の調節を頼んだらその人の都合が主に反映されるのが当たり前。

周りの人に自分の環境に合うように変化をさせようとしたって嫌がられるのが当たり前。

周りに変化を押し付けるよりまず自分の行動を変えろ。アプローチを変えろ。

周りを使えないと思う前に使い方を考えろ

仕組みを活用できないヤツが真に使えないヤツ。

物事には仕組みがある。

様々な人には自分の都合と同じ質量を都合がある。

だから自分の都合をその中に挟みこむには手順が大事。

辛くて泣くのも嬉しくて泣くのもかまわない。

ただまわりに可哀想と思ってもらいたいなら泣くな。

なんとかしてもらうのを期待して泣くな。

自分でなんとかすることを考えろ。

今、泣くほどの余裕があるときにですら人に頼っていたら

泣く余裕すらないほどの困難にも泣くのか。

最終的にどんなに味方を作ろうが仲間を作ろうが信頼を築こうが

どんなときでも自分のために動けるのは、その場にいる自分だけだ。

助けを請うなとは言わないし一人で生きろとも言わない。

でも、最低限の判断力と自力を忘れるな。
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posted by ぽて at 02:56 | 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

ぶつかる。

人も所詮物理現象。

衝突するとしんどい。

人間関係、自分の大きさとおんなじ人間とぶつかりゃ

そりゃ両方それなり自分の場所キープするの大変だ。


夫婦関係ってのも多分そうだ。

ぶつかりゃしんどい。

きっと子供にあたる親ってのは

親同士ぶつかるのつらいから

小さい子供にぶつかるんだとおもう。


でもまぁそっとでも接触がないと

相手のことは結局わからんわけで。

しんどくても相手のことを知るために向き合う瞬間ってのは

要るんだろうと思う。


どうにも嫌なことも

相手の立場知れると少しばかり緩和することもある。


壁作って相手の衝突弾き返すのもありかもだが

そうなりゃ大体むこうはもっと強くぶつかって来るもんで

自分が余計しんどい。

相手のせいに見えて案外これが自分のせい。

話し合いが聞く相手なら、しんどくても向き合ったほうが

長い目にみりゃ自分のためか。


まぁ、人付き合い苦手な上に

結構言葉が鋭角に人えぐる私には

あんまり得意なことではなくて、それもまたしんどいのだが。
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posted by ぽて at 01:48 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

結婚の決め手ってなんだろうか

先日、新婚のくりーむしちゅー有田が

未婚やバツ1女性芸能人集めて

結婚のことについて語るバラエティをやっていた。

他の芸能人から学ぶ、結婚についての話を。

なかなか面白かったです。


その話の中で、男はここで結婚を決めた、という決め手の話をしていた。

水泳の北島選手は、当時の恋人か自分の知らない間に自分の為に栄養学を学んで料理を作ってくれたことに

本気さを感じて結婚を決意したとか

伊集院光は、体調を崩しているときに

当時の恋人に座薬を入れられている最中、結婚を決意したとか(笑

まぁ色々。


思い返す。自分の場合はといえば・・・

決め手があったというよりも

自分が基本モテない自覚があったので

悠長に構えていたら次の機会なんざないだろうと思っていたし(当時20代ギリ前半)

私をちゃんと大きく評価してもらえていることは素直に受け止め。

結婚願望が向こうにもあったことと、それを付き合い始めからすでに言われていたことで

かなり前向きに自分で自分を切羽つめながら結婚を考えていた。

それはそれとして、気持ちは重いがしっかりしてるし。

重いっつっても自分以外の人一人の人生なんだから重くて当然だしな。

面倒くさそうな性格ではあるがそれゆえしっかりしてるわけで。

自分のスペック考えてつりあい取れる範囲でかなり好条件だと感じたわけで。

付き合いを重ねていくうちにその気持ちが手堅くなっていた。

決め手があったというより、自分で土壌を固めていったような感じか。

同時に、じわじわとプレッシャーにならん程度に外から固められた気もしなくもないが。


ふと思うに

今のパートナーに思うありがたさは

無理せずに信用、信頼が置けること。

通常、パートナーだから、ある程度相手を信用しないと話が進まないことがある。

相手が信用できない相手でも、信用できる前提で話を進めないといけないことがある。

そういう時、相手が信用できるかどうか出なく、

関係性が信用すべき関係だから信じるというのは

相手の人間性が信じるに足らない場合、とても面倒くさい。

私の心にすっごく良くない。

普通は何かしら必ず発生するジレンマだと思う。

一緒に長々やってりゃ普通は。


私はまぁ現状妻に対して、人間性に対して信用を持てるので

夫婦だから、ということで信用をわざわざする必要がなく

信用することに差異がない。

これは非常に気が軽い。

とても助かってる気がする。


結婚相手にこうであって欲しいという点でとても利点だけど

まぁ、結婚する前にそこまでのことってなかなかわからんだろうしなぁ。

それは良い相手とめぐり合えたとしか。


結婚観に対して実のある番組を見て、そんなこと改めて思ったり。
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posted by ぽて at 02:09 | 兵庫 ☁ | Comment(1) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

改めて思う。覚悟はしているつもりだが・・・

同僚の親が亡くなられ、忌引きになる。

同僚の仕事中に、家から連絡が届き容態が悪くなったときいて

その日は早退。そのまましばらく休みになったわけだが。


それを見て改めて思う。

私の両親、まぁまだまだ元気そうではあるが

定年越えている以上はまぁ覚悟はしている。

死ぬ理由って年齢だけじゃないしまぁ、うん。


例えば、同じように容態悪くなってから呼ばれたとしよう。

実家まで電車つかっておよそ5時間。

ぶっちゃけ家族つれて移動したり

準備の時間も考えたらまぁ5時間では無理だろう。

8時間ぐらい見たほうがいいかな?

まぁ多分そんだけ時間かかってたら

死に目に会うとかまぁ期待できん。


・・・まぁ実際のところ、実家出て生活しはじめて

しばらくして気付いて、まぁどうせ三男坊だしというのもありで

実家から離れてそのまま生活するのだろうと。

だからまぁ、実感薄いなりに覚悟はし始めた。

頭ではそうなるんだろう。って認識をしっかりしている。


だから、親の死に目には会えないつもり。

改めて思った。

きっと実際になったら、思っている以上に寂しい思いか

虚しい気持ちになるんだろうが・・・・・・

自分の決めた人生なのだと、呑むしか無いんだろうと思う。

幸い、私はそういうのに人より幾許か鈍感だしな。


幸いで言えば妻の両親も定年過ぎているわけだが

こっちの方が見てわかるぐらい元気なわけで遠い先の話だろうと思うが

ある程度意識しての立ち回りはする年齢にはなりつつあるわけで。

そういう意味では、妻は何かあったときに連絡うけてすぐ行けるであろう距離。


なるべくまぁ、こっちはこの距離感を維持しておきたいものだ。
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posted by ぽて at 01:39 | 兵庫 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

非常識な結婚論。

私にとって結婚は幸福をもたらしています。

現在進行形。

経緯でいえば、私を好きになってくれた人を

私も好きになれて始まった関係ですが。


そもそも結婚して家族になる、という点において

そこまで相手に好きであることを求めなければいけないのか

・・・ていうことを近頃思う。

ぶっちゃけ、恋愛をテーマにしたドラマ映画マンガ小説云々に

振り回されすぎじゃね?


相手を好きで結婚した私が言うのもなんですがね。

ただ、私は好きになったことに加えての打算は素直にあって

相手は性格は面倒臭いとこあるが、それゆえにしっかりしているし

顔は好みの系統ではないがある程度可愛く思える範囲。

家族関係良、で私に対しての悪いところを含めた上での好意であること。

まぁ世の中もっといい女は沢山要るんだろうが自分の手に余る範囲ではかなり好条件だと思った。

だから迷いらしい迷いはあまりなく、

その代わりドラマらしいドラマもないが、結婚に踏み切った。

ちゃんと、というと変ですが打算は大きいです。


さて、ぶっちゃけ振り回されすぎじゃね?っていうフリについてですが

お互いが好きだから結婚する、が一般的に浸透したのってここ数十年のことでしょう?

私の両親も別にお見合いだっていうしな。別に仲悪くないけど。

結婚っていうのは相互の契約事なのだから

別にお互いが好き、というのが結婚の条件にあるわけではない。

相互に納得があれば成立するわけであってね。

昔のお見合いっていうのは必ずと言っていいほど、目上の人の紹介って言うのがついてくる。

用は、自分で相手が気に入るかどうか、という問題のみではなく

立場の上の人の面子の問題もある。

目をかけて紹介を頂いた以上、自分の対応に失礼があってはならない。

最近の婚活やらのお見合いってのは逆になっていて

自分でお金を払ってサービスを受ける側になっているので

単純に自分の都合だけで好き勝手いえてしまうところはある。

悪い言い方をすれば社交性を問われる結婚を探す場で我を軸に物を言えてしまうわけだ。

自分が金出して紹介のサービスを受けているのだから当然と思うのか

お金出してる側とはいえ人に紹介をお願いしているのだから

その人を立てる気持ちを持つべきと考えるのかは

各々の考えかた次第なんだろうが・・・。


改めて家族ってどういう関係なのか考えてみてほしい。

自分の親に対しての気持ち、自分の兄弟姉妹に対しての気持ち。

多くの人は生まれてなんと無しに常に一緒にいる人がいると思う。

何故一緒にいるか、ではなく同じところに棲んでるから

好き嫌いどうこうでなく、特に深く考えなくても一緒にいる人。

そういう相手でも、どうにも嫌なところや直らないところ

そんなところを未消化のままでも結局のところお互いの住まいなので

一緒に棲み続けるわけで。

・・・良くも悪くもそういうところが家族の本質なんだと。


切っ掛けはお互い好き、で始まったとしても

家族になるってのは、そういう関係になっていくことも含んで考えるべきだと思う。

いや、むしろ好きで始まってその気持ちを期待して始まっている分

余計に嫌いな部分が発覚した場合にその関係を続けることに負担がかかるのかな。

そういう意味では裏を返すと

お互い好きが理由での結婚じゃないほうが

長いこと継続できる関係は構築しやすいんじゃなかろうか?

・・・相手のことが好きだから嫌なところも丸呑みできるまで溺れて

生涯溺れ続けていられるなら話は別か。



例えばお互い、大人として所帯を持って子供を育てながら生活をしたい。

っていう合意で、ある程度考え方が大きく反れないなら

別にお互いが好き同士でなくても結婚はありだと思うし。

何で結婚に対して「好き」が条件に含まれなきゃいけないのか

って改めて考え直してもいいんじゃないかなって思う。


結局のところ、好きって自分の都合以外なんでもないし。

でも結婚は社会性の必要になる行為であるわけで。

その結婚の前提に「好き」が重視されてるって

結構アンバランスなことだと思う。


なんつーか、私は運よく好きで結婚して上手くいく相手とめぐり合えたわけだけど

周りを見てると好きで結婚した筈なのに

結婚は墓場だとか、結婚してから結婚が負担になってる人が多いっていうか。

結婚するまでのアプローチについて、

結婚願望あるけど結婚に対しての自分の気持ちにバランスが上手くとれてない人が多いというか。

子供欲しいけど結婚する気になれないからシングルって選択に一気に行っちゃうとことか。

なんつーか、どれもこれも「結婚=好き」じゃなきゃいけないような風潮に

振り回されてるなー・・・って感じている。


最終的に各々好きに生きりゃいいんだろうけど・・・

どの選択をして自分が納得していたとしても、納得しないまま巻き込まれる人は必ずいるわけで。

家族って言うものが絡むと、必ずそう。


なんつーか、恋愛至上主義みたいな風潮から

この時代に沿った新しい結婚観っていうのが生まれてこないといかんのかなって。

・・・少子化問題にも拍車かかるわけだしな(ぁ


きっとね。

今のご時世に「好きだから結婚する」って、もう合わなくなってるんだと思います。





ゆってもお前、好きな人と結婚して幸せそうじゃん、というつっこみもありましょうが

まぁ私は常に時代遅れな感性の人間ですし?(笑

精々、私の顔をかなり好意的にうけとって昭和のイケメンですから(ぉぃ

私は時代の流れに合う合わないどうでもいいですよ(ぁ
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posted by ぽて at 11:09 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月22日

どっちがエチケット。

洋式トイレの蓋。

使い終わったら閉じる。

まぁ、使用後は蓋を閉じる。

自然に考えれば礼に沿ったちゃんとしたことだ。


息子も保育園でそう教わってるのかな?

洋式トイレ使い終わったら、家でもちゃんと蓋をしめる。



ただね?

思うのですよ。

ちゃんと閉じている様式便座の蓋を開けると・・・

臭いが残っている瞬間・・・


どこの誰ともしれない男の、

汚物の残り香が蓋を閉めていた所為で持ち越しされているわけです・・・


鼻にも嫌だがメンタルにもダメージ。

・・・この結果を招く所作をエチケットと呼んでいいとは思えない。


私は、むしろ開けておくほうがエチケットだと思う。うん。
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posted by ぽて at 00:36 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

解体。

「新常識」という言葉に違和感。

「新」が付くぐらい新しいものであるなら

人々が「常識」と認識を置けるほどの認知は広がっていない。

常識というのは確かに「みんなが知っている」という意味合いを含むが

あくまで実際のところそれを常識と思うかどうかは個人の主観により判断され認識される

それを多くの人と比較の上で精査されて初めて「常識」という認識が

相応しいのか、自分の思い込みなのか、が浮き彫りになるわけだが

それをしない限り、どんなに少数派意見であっても

当人にとっては「常識」なのだ。


ともすれば「新」と「常識」は両立しうるといえばそうなのだが

ただどちらかといえば「新常識」というのは

実際に「常識」なのかどうかというより

提唱者がこれを流行らせたい、常識とさせたいとういう

願望が先行している言葉なのだろう。


これから、この分野に詳しい人、この業界の人なら

知ってて当然ですよ?え、もしかしてあなた知らないんですか?


・・・そうかんがえるとなんとなく

「新常識」という単語が押し付けがましく、うざい。
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posted by ぽて at 02:35 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月29日

きずないーばー

キズナイーバー楽しかった。

若くて真直ぐで青臭くて

それでいてちゃんと痛くて。

結構好みの作品。


ニコの「ちゃんと痛くなりに行く!」

大事な言葉だと思います。


日本って平和なもんで

あんまり日常生活で、一方的な被害者って実はあんまりなくて

掘り起こしてみると結局どっちも悪くて。

でもだからなのか

すすんで被害者である主張をして自分を守ろうとする正当化しようとする。


・・・被害者主張って警察がちゃんと機能している平和な法治国家じゃなかったら

ただ自分がカモられ易いですよーってアピールしてるのと同じなんだがな(笑


私から見れば間違えたのも責任負うのも自分なのに

そこに被害者面して言い訳し続けてるのって

ちゃんと自分と向き合わない上に恥の上塗りしてるようにしか見えないのに・・・


ちゃんと、痛くなる

自分の傷を、ちゃんとなんで痛いのか逃げずに知る。

誰かの所為にして誤魔化さずに知る。

人に傷つけられたなら、何がいやで自分が傷ついているのか

人を傷つけたのなら、傷つけた自分の何が痛むのか

逃げずに見る。


それを痛々しく若々しく表現された

そんな印象。
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posted by ぽて at 14:37 | 兵庫 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月05日

ふと、思い返す詩。

私はミスチルが好きで

主に聴いていた時期はそれこそ思春期だった。

多分、自分が音楽に興味持って

それこそ性分がひねくれた私なんぞが

凡その青年らしく音楽CDに手出したのもミスチルだった。

色恋沙汰に興味を持ち悶々と悩んでいるときとかも

よく、ミスチルの曲に感化されたりなんかしたもんで。

私の現状の考え方の形成に大きく影響していると自覚がある。


特に最近はふとこの曲の歌詞が思い出すことが

改めて増えた気がする。


名もなき詩。

あるがままに生きられぬ弱さを誰かの所為にして過ごしている
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中でもがいてるなら
僕だってそうなんだ

多分それを私は人より人一倍見つけ易い気がする。

それは自分に対しても。

加えて言うなら自覚すればするほどその檻は間近に感じるし窮屈。

だけどもまぁ、自覚しないことには

自分が上手く前に進めず、傍から見てもがいているように見えてしまうのか

わかりすらしないし、わからないなら対策もしようがないわけで・・・。


アラサーとか、アラフォーとか、そういう年齢基準の言葉だけ自覚して

どう対策していいかわからんままモガいてる人とか

何が脚に絡まってるのかわからんまま一生懸命進もうとしてる姿とか、よく見る。


物事そういう見え方する人は珍しいのだと自覚はある。

言葉がキツかろうがその人に、自分でしか気付かせてあげれないことがあるのだろうという気持ちと

自分が身を切ってまで自分が立ち入る必要のなさや

そこまでの覚悟を相手に求めるほどのことでないことやらが

深入りを止める。


まぁ、せめて相談されたときはしっかり真っ向から向き合おう。

自分が誹謗中傷の対象になることを含まないと

きっとそれは相手に伝わらないことだろうけども。

相談は人の人生に関わるんだからまぁ、腹括るのは当然なんだろうけども。


結局そんな傍からは良くわからないであろう責任感と

自分の中にあるべきものはこうあるべきであるという気持ちが

私にとっての檻なんだろうな。


幸い、妻に対してそいうのが無いってところか。

まぁあの人は自分で自覚してちゃんと決めれるから。

横に居て楽だな。


さて・・・子供が大きくなったら

子供にもそういう何かが見えてくるんだろうなぁ・・・
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posted by ぽて at 01:37 | 兵庫 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月19日

げぇむ脳の父親のタワゴト。

自分の人生の主人公は、誰にとっても自分だ。

自分にとってそうであるように同様に他人にとってもそうで

自分から見て自分は主人公でも他人はモブで

モブもモブでモブからとってみれば自分が主人公で

そのモブからすれば私がモブなわけで。


基本、生まれや性能は違えど

自分が唯一自分の都合で動かせるそれを自分の体であり

それに指示出している存在が自分であり自分の人生の主人公。

ただ人生ってのはゲームと違って

何もしなくても話が流れ時間が流れ、間違っても間違わなくても

期待するエンディングに修正されるということはないし

物語の最高潮の締めくくりがエンディングではなく死ぬまでエンディングがこない。

もしかしたら走馬灯なんていうエンドロールがあるかもしれないが。


私はこういう考え方しているし、自分にとって解釈しやすいのがコレということであって

万人にこれが正しいと推し進めるような正論ではなくあくまで自分の中で活きる持論だ。

その上で、私は私の都合で私があるのが前提で、私の為に生きている。

その都合の中で人に優しくしたりもすることがあるという程度で。

前提は自分ありき。


ゲームやマンガやアニメで、王道もちゃんと好きな私としては

主人公ってのはその物語の中心である。

必ずしもその中で一番魅力的なキャラクターではない。

その物語が、その人を軸にしてみると一番映えるという位置づけ。

王道では、主人公はある程度未熟でも、苦労して、努力して、周りに助けられ、支えられ、

衝突しながらも、なんだかんだで上手くいかせる。


そういう意味合いでは私は・・・

妻の方がしっかりしているし自分を持ってるし周りにも支えられ

自分で下調べして行動はしているがそれだけで説明つかない奇妙な運もあり

私から見て、私より主人公っぽい。


息子。

なんとまぁ変に察しがいいし、妙な運があると思う。

加えて顔立ちも現状では良いと思う。

何より、私が父親になったからなんだろうか・・・

何かあった際に、この息子を身を挺して守る意識が何故かある。

無論、娘に対してもなのだけど

気持ちとしてはなぜか息子に対しての方が強い気がする。


前提で言ったように、私はまず自分ありき。

それでいて、どうやら自分の都合で息子の身を先に置けるらしい。

自分の気持ちとしては矛盾していないけど

言葉としては矛盾以外なんでもない。


なんつーか、自分が主要人物であっても主人公じゃない気がしている。

主人公は、息子や、妻の方で

自分がその話の登場人物のような気がしている。

というか、なんだかその方がしっくりとくるのだ。

・・・まぁ悪い気はしないのだけど。


親になるってのはそういうもんなのかな・・・本能的に。

なんつーか、主人公交代のお知らせ。

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posted by ぽて at 10:58 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月27日

人の振り見て振り返る自分。

結婚を心に決めるタイミングってなんだろうか。

嫌ではないが、決めかねているというのだろうか・・・

そういう人の姿を見たこの頃。

ほんとにこの人で決めてしまったいいのか?という不安。

わからんでもないけども、振り返れば私は・・・なかったな。


根本的に私は結婚願望アリアリだった

父親ってものになるのに憧れがあったんだろうな。

付き合うのは相手にある程度結婚まですすめることも視野に入れて相手を見ていたと思う。

今の妻もまぁ、しょっぱな私と付き合うときから

結婚する気なことは言われたので多分概ね同じだろうな。


この今の妻に対しては・・・

向けられている好意のブレなさとか、態度のブレなさとか

多少面倒くささ感じる程度にしっかりモノだし

一緒に暮らすにプラスだと感じたし


何より、私は調子のりなところもあるが

基本自分がモテる人間ではないと思っているので

これ逃したら次はそうそう期待できるもんじゃあない。

そういう気持ちがあった。

悠長に次期待できるほど私はモテない(きぱっ


躊躇が全く無かったというと嘘になるかもしれないが

別に迷いは無かったかな・・・?


・・・なるほど、振り返って見ても十分特殊だ(ぁ

人様の参考に出来そうな部分が、あまりに少ない(笑


まぁ、妻も私も、結婚するにあたって

自分で決めた自覚と、この相手と一生過ごす覚悟は決まってたんだろうな。

幾許か、お互い嫌な思いをさせる部分もあるんだろうけども・・・。



余談。

浮気を是とする気は無いけど

よく女子っぽさ残る人に多い「浮気したら即離婚」思想って何なんだろうなぁ。

夫婦間で起こった問題をお互い向き合うも話し合うもなしで一方的にお別れとか

それでなんで相手と生涯連れ添う結婚を出来るんかわからん・・・

長い人生、人間何度でも間違うし、間違いが起こったときに相手にだけ責任を見るのが

パートナーにすることなんかねぇ・・・

私には、相手に向き合うことや思考を放棄してるようにしか見えん・・・。

ぶっちゃけ問題起こって相手と向き合えないなら結婚なんてはなからしなきゃいいのに・・・


逆に浮気に限らず自分が犯した間違い理由に一方的に話し合いもなく離婚突きつけられて応じる覚悟あるなら

それはそれで対等な関係だろうからわからんでもないのだけども・・・

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posted by ぽて at 02:04 | 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

某元選手の報道について

前置き。

私は野球に興味ないから彼に夢を与えられたとかないし

憧れも抱いたことはない。

テレビのバラエティでガタイいい兄ちゃんがカリスマ面してるなぁ程度の認識で

まして犯罪に手染めた人の肩持ちたいなんざ思ってない。


保釈されて出てくるときの映像流しながら

警察からの要請か指導かは忘れたけど混乱をあおらない為にも

一切顔をださないように気をつけるとか言われていたようで。

報道側もそれを知っている様子。

で、だ。


私が見ていた番組ではこんなこと言っていた

「車の後ろのガラスにモノを貼って見えなくするまでする必要はあったのか」
「警察の指導があったとはいえ顔を出して謝罪の一言でもあってよかったのではないか」
「彼が更正するとすればマスコミの前で謝罪をしてから」

なんなんだろうコレ本気で言ってるのか・・・?

追い方が、集まり方が、騒ぎ方が節度なく過剰なのがわかりきってるから

その対応のため、過剰にこれ以上世間を騒ぎ立てないように、警察の指導があり

それに素直に応じて行動しているのだろう?

実際、車追うためにヘリ出してるし・・・気持ち悪いよ;

お望み通り顔だしたら出したでその事に反省ないだの叩くだろうが

それに、勝手に押しかけて謝罪じゃねぇよ。

本当に、周りのことを考えて謝罪するには準備がある。

自分がある程度、その事に対して、今回であれば更正する上での目途と

それに対しての誠意がわかる程度の実績を持って言わなければ

謝罪やその意気込みなんて口先だけと扱われ叩かれるだけ。

まだ何も準備が整うほど時間が経ってるわけないじゃないか。

今まで、ただただ反省しかできないところにぶち込まれていて、

更正をするために自分が選んで行動すべきことなんて何一つまともにできやしなかったんだから。

人のやること腰すえて見届ける気ないのに謝罪なんて求めんな。薄っぺらい。

んで、なんで謝罪がマスコミの前でなん?

騒がせたことに関して世間様に謝る意思があったとしても

マスコミ通じてやる必要ないでしょ。

謝罪の動画かなにかネットでアップして誰でも興味のある人が見れるようにすりゃいい。

そもそも散々ヒーロー扱いして祭り上げてたのを

掌返してその落ちぶれ様を罵って飯の種にするような

自分の害になる相手に対して誠意をみせなならんのか。

テレビだろうが、ネットだろうが、興味のある人はその謝罪は見ないし

見届ける気持ちがある人はどっちだろうと見ようとするし。

必ずしもその謝罪の場をテレビ選ぶ必要ないし、テレビで謝らなかったから失礼ってこともない。

まぁ、芸能界の復帰考えてるならテレビで謝らなかった場合は陰湿にハブかれるんだろうが。


そもそも、本当に謝るべき相手がいるなら

テレビでもネットでも失礼で直接謝るべきだしな。


なんなんだろう、報道って、何様なんだろう。
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posted by ぽて at 00:59 | 兵庫 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

かしこい?

最近、息子は叱られている。

はっきり自分で見てないからなんともなんだが

どうにも保育園でしばしばやらかしているようで。

それについて嘘を付くっぽい。


親だから信じてあげたい気持ちもあれば

ひいきはしたくない気持ちもあり

ちゃんと駄目なことは駄目だと理解させるのも勿論、私の役目。

何より、息子の態度はこう・・・

悪いことと自覚してごまかしているっていう空気を出してるわけで・・・


息子は、いい子だと思われたいみたいだ。

妻と私に。

かしこいと思われていたいみたいだ。

きっと、だからしちゃった悪いことを

誤魔化したいというのか知られたくないというのか・・・


嘘を付くってのは大体、自分以外の誰かを悪者にする。

自分のしたことや考えていることを正当化する辻褄あわせで、悪者を外に作る。

ずるいことだと思う。

ずるいことってのは、ある程度は場が読めて頭が回るってことでもある。

知恵がつけば誰だって一度はずるくなるから

ある程度は通過儀礼みたいなもので

仕方が無いとは言わないけど、通る道だという前提で向き合わなきゃならんのだと思う。

そこを良識やらまわりとの共存とやらを調節し意識して自粛できるようになって

社会性であったり人間の「間」の部分を養うんだろう。


子供同士のもめごとに親が介入するのは違うとは思うが

子供が自分で筋を通すのを促し、見届けることは親のすべきことだと思うから

今は多分、息子にとって大事な時期なんだろうな。


私に似て捻くれて素直じゃないけど

ちゃんと親を好いてくれて良い子であろうとは思ってくれている



とりあえず、ちゃんと謝れたことは大いに誉めたつもり。

駄目なことは、ちゃんと認めて謝ろうなと促しているつもり。

かしこいって思われるようにするなら

自分のしちゃった悪いこと素直に認めて、嘘をつかない。

そう伝えているつもり。

どれぐらい・・・本人に届いているかは不安だけど。


・・・俺ってちっちゃいころ、どんなんだったんだろうなぁ・・・?

似たようなもんだったんかなぁ?
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posted by ぽて at 03:57 | 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

お経と幽霊。

よくマンガやアニメで

幽霊(主に悪霊)に対して

お経で成仏させる行があるが・・・


宗派により様々だけど

お経っていうのは無くなった仏さんに対して

あの世ではこうしなさいああしなさい。そういたら上手くいくよー

みたいなのとか

極楽浄土にいくには生きてるうちにあれしなさいこれしなさいよー

みたいなものを言ってるもので

幽霊に対して成仏しなさいなんて訴えかけるものではなし。


ってかそもそも

仏教の考え方では死んだら現世に霊が残るってことがないしね?

当然っていえば当然なんだけどね??


怨霊や悪霊ってものを祠建てたりして神様にして鎮めたりなんてのは

神道のほうではあるけどね?


仏教じゃそもそも霊の存在を認めていないのだから

それに対しての対策なんてものがあるわけがないのだが。

そういえば仮面ライダーゴーストに出てくる坊さんも

霊があーだこーだ言ってるな。

修行してそうなのに仏教の教えは学んで無さそうだな(ぁ


なんだろうなぁこの

お坊さんがゴーストバスターできちゃうイメージの定着って。

この情報化社会だったらもっとこの間違いに気付いている人多くても多そうなのに。


実際に真面目に修行積んだお寺さんに悪霊払ってくださいって相談すると

私どもの考え方では霊が現世にいるということはありませんので出来ません。

ただ、お亡くなりになられた方があの世で穏やかに暮らせるよう念仏を唱えてさしあげることはできますと。

そういう手合いのことは言われるそうだ。


一昔前の過剰な心霊バラエティや

某オ●ムドー等のおかげで出来た誤解は根強い・・・。

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posted by ぽて at 02:00 | 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月13日

誉め方弱いのかな?

ふと自分の子供との向き合い方を思い返す

妻は上手いもので子供と向き合って遊び始めると

キャッキャという声が上がるまでが早い。


保育園の先生は連絡見る限りだと

誉め方をわかり易く大きくやってるのだろうかな?

子供の機嫌が切り替えるのが出来ているようで。


私はというと

まぁ一緒に暮らしてるし世話してるんで懐かれてはいるんで

良く座られたり抱っこねだられたりはするが

向き合って遊ぼうにも妻ほどのってもらえないし

妻ほどいうコトをキリっと聞いてもらえない。

妻は頭撫でろ要求されるが

私は頭撫でてものけられる。


まぁお母さん補正ってのも、特に娘にいたってはあるんだろうけど

それだけで説明つけるにはなんとも。


とりあえず目先でわかる違いとしては・・・

私は誉め方そっけないな・・・

もうちょい露骨に誉めてみようかな?


・・・そんなこと考える今日この頃。
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posted by ぽて at 01:24 | 兵庫 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月10日

持論が噛み合ったから。

私は、基本、思考の仕方がネガティブで。

ただ淡々とネガティブで進んでネガティブになろうとしてるわけでなくて。

他の人の考え方と比べると何でもかんでもネガティブな方から考えているだけの話。

自分としてはそう思っている。

更にいえば、そこに、それなりに自分を客観的に

悲観的でなく客観的に、ある程度適切な情報整理する力と観察力があるから

上手いことかみ合って成立しているところがあるんだろうと思う。


私は、どうやら考えていることが難しい、ってことがしばしばあるようで。

日常会話のつもりで話していることが難しいこともしばしば。

しかもそれなりに人付き合いが苦手なもので

多分、私の行動や言動はそのまま工夫せずに生きていたら

すっげぇわかりにくい人間なんだと思う。


だから思う。

伝わり易さって大事だ。

行動していないことに対して起こることが他人の所為でなく

何も工夫しない自分が悪い、という前提でいうなら

伝わりにくいのは、周りが自分を理解してくれようとしないからじゃない。

そもそも周りに自分を感心を持つ必要なんて無いのだから当然で。

だからこそ、自分が伝わり易さ、わかりやすさを考える工夫をしないから悪い。


普通だったらね、人ってこう評価されるのを嫌がる。

「単純な人」

ただこういうと底が浅そうに見えるからね。

逆説、単純というのは「理解しやすい」なんだ。

底が浅いかどうかなんてのは普通に話ししてりゃ伝わるもんだし

私はまぁ、根がネガティブだし別に底が浅いなんて思われるのは構わない。

っていうか、実際に浅いし。

・・・それ以上に殆どの人間が私よりも浅いヤツが多いと思っているだけで。


私は、人付き合いが苦手なりに

人並みに結婚願望はあった。

だから、まず自分をわかりやすく理解してもらえることが大事で。

だから、単純でわかり易い人間であることが大事。

私はスケベだし、常に下心あるし、好きなものは好きだし、小理屈が濃い。

そういったものも伝わるように姿勢をもつ。

多分わかり易いことが大事だと思ってるからこそ、ある程度露骨に演じている部分はあるのかもしれない。

ともすれば自分ではもう、どこらへんが演技なのかわからないぐらいだけど。

それでも自分を理解してくれて好きでいてもらえるなら

それって多分、その人は貴重だ。


表面をわかりやすく繕っても基本人間なんだ。

人一人の人生を、他人が内包するほどの経験はできないと思う。

わかり易いはわかり易いだけで、結局人一人の理解は難解で。

更に発想のひねくれて一般的でない私など

更にいえばどスケベで変態気質な私など

しかも外見も別にかっこよくなければ着飾る気も無い

そんな私を、理解した上で好いてくれる人というのは貴重。

たとえその人が、私のという人間を

私の思っている自分と全く違う形で見ているとしても

やはりそれはいくらわかり易くしたところで見解の一致なんてまずないのだから

結局のところ貴重なんだ。


だから、私は自分をわかり易く伝えることに加えて

自分を好いてくれる人を大事にする、という工夫を考える。

この工夫は考えるというより見るに近いかもしれないけど。

とにかく、無下に扱わず受け止める姿勢。

平たく言えば、もてないんだから、好かれたらそんぐらいねぇ?(ぁ


そんな姿勢で生きてきて。

今の妻に幸運にもめぐり合えて、しかも知らないうちに好かれていて。

で、無下にしないでいるうちにこっちも好きで。

現在に、至る。


きっとどちらの工夫もしなかったら

私の様な別にかっこよくもなければお金があるわけでもなく

性格の根っこがわかりにくく捻くれた人間は

結婚できてないんだろうなぁ・・・って振り返ると思う。


単純でいいじゃない。好きなら好きを伝えるのは大事。

自分を好いてくれるだけでその人って大事だと思うし。

内側に迎えてからじゃないと見えてこない姿は沢山あるから

結局のところ今の妻の良さだって大事にしてからようやくわかったことだし。

普通だったら、どんな人かわからないからで壁作って閉め出すところなんだろうけど

まぁ裏を返せばどんな人かわからりたかったら迎え入れる必要がある、わけで。


単純に思われるようにする、どんな人かまだわからないから迎え入れる。

どちらも普通と逆のことだと思う。

でも私は、もっとみんなこっちに切り替えたほうが良いよ?

理にかなってるし。って思ってる。


・・・まぁ、勿論リスクが全く無いとは言わないけどね。

みんなが本来避けてることなんだから。
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posted by ぽて at 02:50 | 兵庫 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月23日

ふつー知らんよなー

文明の利器というのか

本来はある程度、その道の人しか関わらないような

そんな法規制が

一般人でも犯せてしまうような。

便利さ故に、技術の一般化により、

そんなことが身近に増えてるのかもしれません。


ドローン操作して逮捕された人。

無許可で150m以上の高さ飛ばすと航空法に引っかかるそうで(ぁ

いやはや、一般人は知らんってな?(苦笑

でもまぁ、知らなくても大人なんで知らんほうが悪い。

ルール守らんと守れない安全あるから法整備してるんだから。

知ってても知ってなくてもしたら素直にお縄について

素直に反省しないとね。

・・・まぁ大人に限らずか(ぁ


昔、キックボード流行ったときに

動力付きのキックボードのった中高生ぐらいの少年が逮捕されたっけ。

理由は無免許運転。

少なからず動力つくと原付免許ないといけなくなるそうで(笑


そういえば最近、近所の道路が整備されて

自転車用レーンがついた。

自転車は道路交通法上車両なので、本来歩道では走れません。

道路の左側隅を走るのが正しい。

標識ついてる大きい歩道なら通れるところもあるし

路上駐車が邪魔で一時的に歩道に退避することもあり。

また乗ってる人の年齢によっては自転車に乗っていても

交通弱者(ようするに歩行者と同じ)の扱いになるので

幼い子や高齢者の一部は自転車のままでも歩道走れますと。

・・・まぁ歩行者と自転車同じところ通るの危ないから、なんだけど。


まぁ、それは置いといて。

自転車用レーンできたのに

まともにそこ走ってる人見たことないし。

こっちベビーカーなの見て、除けるのいいんだけど

なんで歩道の更に奥へ行く。

車道側によけろ、つーか自転車用レーン使え!

なんだかなぁ・・・。

昔からちょいちょい言われて揉み消されてるけど

私は何気に自転車に免許いるように改正って賛成です(ぁ

道路交通法、自転車乗る前に多少は学べ(ぁ

・・・・・まぁ私も知ったの7年ぐらい前ですけど(ぉぃ


便利に安全なっても

無知がそれを無駄にしてるんですな。


色々、新しい物増えてますけど

ちゃんと使えるように下調べって大事なんだねっと。
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posted by ぽて at 03:18 | 兵庫 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 芋節(いい加減な読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする